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2009年 06月 29日

日食めがね

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5年前に撮った写真がバックアップから出てきた。写真を撮り始めた頃だ。
私は、2004年4月18日の17時37分に太陽の塔の下に居たようだ。なんで居たかはあんまり思い出せない。カメラを買ったのは同年4月6日だから(なんで覚えているんだろう)12日目の写真だ。

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美星町天文台から、日食観測用めがねが届いた。気づけば日食までひと月を切っている。待ち遠しい。
日食めがねは、赤と青のとびだすめがねのような紙製の簡単な作りで、紫外線から目を保護するフィルターがはめ込まれている。小さい頃はフィルムの切れ端を重ねて部分日食を見たけど、目玉焼きになるのは怖いな、と思って、かなり真面目に買った。
7月22日の昼、晴れることを毎日のように祈っているけど、どこで見るかは決めてない。近所の河原もいいけど、太陽の塔のあたりで見るのはいいかもな、と思っている。
今年は京都では部分食だけど、2012年には金環食が本州で見られるのがまた楽しみだ。

美星町天文台からの細ながーい封書には、めがねとともに天文台のパンフレットが入っていて、とても行ってみたくなった。岡山県にはいつか、魚森家のルーツを探る旅に行かなければならないので、ぜひ立ち寄りたいと思う。

美星町はその名の通りの町で、町おこしのために、町をできるだけ暗くしているそうです。


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京都2−0広島。録画観戦。広島相手に完封で勝てるとは…!
双子キャプテンのコイントスは凄い映像だった。審判団が笑ってたのがおかしかった。
最終節、広島まで見に行きたくなってきた。
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by enpou | 2009-06-29 13:26
2009年 06月 21日

遊んでいる場合ではない

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帰ってきた相棒は透明に包まれていた。自分の物なのに近寄りがたいのが不思議。


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ネット上で外国語の調べ物をしていると、すぐにくたびれて翻訳に頼ることが多いんですが、翻訳サイトの変な日本語訳が、心にグッとくることが多くてとても困っています。

日本語文をまず英訳して、その英訳をまた日本語にして、それを別サイトで英語にして、日本語にして、と繰り返していくと、どんどん味わい深くなります。


●原文
「帰ってきた相棒は透明に包まれていた。自分の物なのに近寄りがたいのが不思議。」

●翻訳サイトAで英訳
"The mate who came back was transparently wrapped. It is not easy to approach though it is my thing is mysterious. "

●上記をサイトAで日本語訳
「戻った仲間は透明に包装されました。 私のものが神秘的であるということですが、アプローチするのは、簡単ではありません。」

●上記をサイトBで英訳
"Group was returned to the transparent packaging. It is that mysterious something in me, the approach is simple. "

●上記をサイトBで日本語訳
「グループは、透明な包装に戻っていた。それは私には不思議なものですが、アプローチは簡単だ。」

5ターンくらいやると、原文がどうでもよくなってきて、良い感じです。



ちがうんだ、遊んでる場合じゃないんだ。
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by enpou | 2009-06-21 01:42
2009年 06月 18日

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古都メンテ中。

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最近全然外食をしなくなった。
仕事が少ない(かといってヒマでもないが)ので身体が勝手に守りに入っていて、節約モードになっているようだ。生より淡麗グリーンラベルの方がおいしいとさえ感じる。おそらく、お金を使わずに幸せを得ようとする、自己防衛本能なのだろう。
それでも、自分で作った弁当を河原なんかで食べていると、とても充実した気持ちになる。
自炊だと、自分の食べたい素材を、食べたいように食べる事ができるんじゃん、と、当たり前のことに気づいたのだった。
そして最近つくづく思うのは、私、肉いらない人間かもしれない、ということ。
気づいたら豆と魚と野菜ばかり食べている。
それでいいんじゃないか、無理して肉たべなくていいのかも、と思うようになってきた。
でも、ベジタリアンだというわけでもないし、肉もたまには食べている。玄米菜食に傾倒するわけでもない。おいしいと思うものを食べた結果、葉っぱと根っことお豆とお魚が好きなのね、と気づいただけだった。
しかし酒は飲むので、特にやせたりはしないのでした。

それはそうと、さいきん、北大路以北の、高野川の蛍が星空のようにすばらしいので、皆見に来ると良いと思います。
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by enpou | 2009-06-18 01:22
2009年 06月 12日

英語と日本語

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さいきんは私もよく河原で甲羅干しをしています。
たどたどしい三線の音が高野川沿いで聞こえたら、それは多分私です。

ここしばらくは、前代未聞、空前の暇っぷりです。
この暇さはヤバい。
三線がどんどんうまくなってしまう。
これを不景気というのかもしれませんが、河原で弦をはじきながら歌っていると、まあええか、と思ってしまう、
まほうのがっきをてにいれた!


そんなこんなでここ数日、必要に迫られるまま英語でメールを打っていたら、英語が楽しくなってきた。先日のパフォーマンスで使った、変なコンセプトの英語教材も、ずっと聴いてるだけですが、ものぐさな私にはいいらしく、いつのまにかタメになっているようだ。

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昨日行った稽古は山の上だった。
バイクを麓に置いて、汗を拭きながら山を登ると、茂みの向こうには細い滝が流れ、岩場の上で稽古が行われていた。
やがて、夕やみ空のほのかな天空光も、豊かに生い茂る夏の木々に阻まれて、パフォーマーの姿も、書類も、どんどん、見えなくなっていった。さいごには声だけが響いた。
「見えない稽古」って初めてだ。感動したんじゃなくて、ああ、みえないなあ、と、ゆっくり受け入れる自分がおかしかった。
普段からなんとなくマグライトを持ち歩いているけど、もし持ってなかったら、マジで下山ヤバかった。それでも、久々に山に登りたくなった。

演出家と話していて
「不織布」は「ふしょくふ」と読む、ということを初めて知った。
なぜか私は今までずっと「ふせんぬの」だと思い込んでいました。

演出家「フショクフをこれに張ろうと思ってます」
わたし「ふしょくふ?腐食してる布?ですか?」
演出家「…???」

英語を勉強する前に、母国語なんとかしないと。
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by enpou | 2009-06-12 16:33
2009年 06月 03日

モニター・ビュー

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GWに故障したコンパクトデジカメが修理から帰ってきた。
しばらくは旅仕事にもデジタル一眼を持ち歩いていたので重くてかなわなかったが、もともとカメラに疎い私には、勉強になってとてもよかった。
久々に一眼で撮ったら、ファインダーを覗く事になるので、こういう影になる。影だけ見ると「どーもすいません」みたいだ。目を押し当てるクセがあるので、コンタクトがよくズレて困った。

そんな重たい荷物の日々を経て、今日修理から帰ってきたコンデジは、あまりにも小さくて軽くて、手のひらにのせて覗き込んで思わず「だいじょぶか?」と声に出してしまうくらいにはかなげで、なんだか泣きそうになった。小型化って便利だけど切ないこともあるんだな。人の手のひらや指先が関われる最小限よりは、小さくならないのだろうけど。


一眼レフは撮影者の目がファインダーを覗いた状態で撮られるので、その一直線の視線は、撮られる側にとっては、「見られている」感覚が強くなる。
コンデジはモニター・ビューの液晶を介して、間接的に対象物に関わる。撮影者の視線は液晶の表示のうえで結ばれ、相手を直接目指さない。撮影者と被写体の間に生まれた視線の保護膜。
写真を撮られるのが嫌じゃなくなったのって、モニター・ビューが出だしてからかも、とふと思った。

先日、友達の結婚パーティに行ったときに、でっかいデジタル一眼で写真を撮っていたのは友達の先輩だった。10年も昔から、その人はことあるごとに皆の写真を撮っていたのだけど、学生時代の私は写真を撮られることや、断りなしに他人の写真を撮る人が異様に嫌いだったので、その人には、いやだーとか、撮るなーとか、撮るなら匿名な感じで撮れーとか、フィルムを渡せー、などのネガネガした言葉をたくさん言った記憶がある。
あの情熱的なアレルギー症状は何処にいったんだろう。今やもうピースピースである。

みんな写真撮るよー、集まって、と言われて新郎新婦の後ろに並ぶと、カメラマン先輩は、久しぶり、という笑顔。もっと真ん中に寄って、という動作をして、シャッターを2回切った。
いい大人なのでピースは控えました。
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by enpou | 2009-06-03 18:01